子供が川崎病と診断された初期症状〜完治まで。川崎病の入院期間は?【体験談ブログ】

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2015年の夏、長男が川崎病で入院しました。

長男は5歳になったばかりでした。

当時、私は川崎病について何も知りませんでした。

診断後はネットで川崎病の体験談のブログを読み漁りました。

子供の川崎病の初期症状から完治までの経過や川崎病の入院期間など当時の記録を書きます。

治療方法や不安に思ったことは、担当医師に必ず確認してください。

2015年の治療なので、古い情報もあるかもしれません。

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川崎病とは?私は川崎病を知らなかった・・

私は川崎病という病名をこの時、はじめて知ります。

恥ずかしながら、何かの公害?と、一瞬思いました。

川崎病とは・・
川崎富作博士がこの病気を見つけたことで”川崎病”という
4歳以下の幼児が多い
男児の方が若干発症率が高い
全身の血管に炎症が起こり、その原因はいまだにわかっていない
心臓に後遺症が残る可能性がある
症状としては・・
発熱
白目の充血
唇や舌が赤くなる(舌がイチゴのようにぶつぶつになる)
発疹(BCG跡が赤くなる)
手足が赤く腫れる
首のリンパ節が腫れる

この6症状のうち、5症状以上当てはまれば川崎病と診断されます。

(不全型の場合は4つや3つの症状でも診断されます)

兄弟児で発症したり、地域で流行りがあったりしますが、人から人へうつる病気ではないと言われています。

息子の川崎病の記録

発熱から川崎病と診断されるまで(初期症状)

朝起きたらいきなり40度近い熱が出ていました。

前日までは元気に過ごしていて、何も変わりはありませんでした。

かかりつけの病院を受診しましたが、症状が熱だけだったので夏風邪と言われ抗生物質と解熱剤をもらいました。

念の為、2日後に再受診するよう言われて帰宅。

いつもであれば薬を飲めば、たいていは翌日に熱は下がります。

しかし、翌日になっても熱は下がらず、翌々日になっても下がらず・・

発熱から3日目、再受診するため病院へ行きました。

先生からは、何だろうね・・と言われながらも症状が熱だけだったので同じ薬をもらい帰宅。

食事も食べず、朦朧としている中、突然起きて来て無表情で座ってテレビ見たりしていました。

そして、とても機嫌が悪かったです。ぐったりしているのにイライライして怒っている感じでした。

発熱から4日目、症状は何も改善されていません。まだ40度近い熱が出ています。

抗生物質や解熱剤も全く効いていないので、もう一度病院へ行きました。

発熱から4日経つので血液検査をすることになりました。

そこで炎症数値で異常な数値が出ます。

すぐに大学病院の紹介状を書くから、このままタクシーで行くように言われ、その時ただ事ではないのだと本当に不安になりました。

しかし、大学病院でも熱以外の症状がリンパが少し腫れているくらいで原因が分からない、というはっきりしない状況でした。

とりあえず血液検査の数値が異常なので入院するように言われました。

この時、川崎病の可能性もあるとはじめて知らされました。

ちなみに炎症の数値を表すCRPは17.5でした。正常時は0.3以下になるそうです。

診察後、即入院。翌日になっても熱は下がらず。

発熱から6日目(入院2日目)になり、腕にうっすら発疹、唇も赤く、BCGも腫れて、リンパの腫れも少しある、目が充血している、手足が赤い、という症状が一気に出始めました。

どの症状もうっすら出ているというような症状でした。

そこでやっと川崎病と診断されました。

ガンマグロブリン治療開始〜完治まで

川崎病は症状を見てからの判断になるので、5個以上当てはまるまで治療が始められません。

今回、6日目にして次々と症状が出始め、治療が開始されました。

治療法は確立されており、免疫グロブリン療法を行いました。

ガンマグロブリン(免疫グロブリン)という血液製剤を24時間投与します。

その際に血液製剤使用同意書にサインをしました。

この薬を投与した翌日にはみるみると熱が下がり、本当にホッとしました。

しかし、ホッとしたのも束の間、その翌日にはまた高熱が出ました。

ガンマグロブリンが効かなかったのです。

2回目のガンマグロブリンの投与を行うことになりました。

薬が効かないということはたまにあるようでした。

その翌日、発熱から9日目で無事に熱は下がりました。

その後は熱も上がることなく、炎症の数値も下がりいつもの長男に戻りました。

薬は予防的なものを投与したり、血液を固まりにくくする薬を飲んだりしていました。

そして熱が下がった頃から、手足の皮が薄く剥がれるようにむけていきました。

 

川崎病の入院期間は?

我が家の場合、川崎病での入院期間は2週間でした。

病院や症状によって入院期間は変わりますが、1週間〜10日ほどで退院できる場合が多いようです。

子供の入院時の持ち物は?

夏だったので、パジャマではなく部屋着のような格好をさせていました。

Tシャツと柔らかい生地の短パンでした。着替えは毎日行っていたので洗濯済みを持っていき、洗濯物を持って帰っていました。予備の着替えでワンセット置いていました。オムツは袋ごと置いていました。

靴は保育園で使っていた上履きを持って行きました。

まだオムツだったし、点滴も繋がっていたので1人でウロウロすることはありませんでした。

あとは少しのおもちゃと本と折り紙を置いていました。

入院中の面会(付き添いなし)

入院した大学病院は病院側の完全看護で、面会は両親のみ。

付き添いはできませんでした。

面会時間も11時から20時と決められていました。

祖父母も心配して、上京すると行っていましたが、面会出来ないので断りました。

置いて帰ることにとても不安もありました。長男も”帰らないで”と毎晩泣いていました。

泣き声が廊下まで聞こえてつらかったです。よく耐えてくれました。

次男も面会出来ないため、とても寂しそうにしていました。

テレビもないため、私が来るまではひたすらヒーロー人形で遊ぶか折り紙していたようでした。退屈で寂しかったと思います・・。

 

治るまではぐったりもしているけれど、ものすごく機嫌も悪くて、せっかくの面会時間もずっと怒っていました。

看護師さん曰く、機嫌が悪くなるのも川崎病の特徴だと教えてくれました。

子供の入院中の部屋

入院してすぐにナースステーション横の部屋に入りました。目が離せない重症の子供が入る部屋でした。

長男の他に1人の子供が入っていました。確か4人部屋だったと思います。

その後、熱が下がった入院5日目に、少し離れた病室へ移動しました。

そこも4人部屋で満室でした。明るい雰囲気にホッとしたのを覚えています。(気持ちの問題もあると思いますが・・)

夫婦共働きでの子供の入院生活

当時は私もフルタイムで仕事もしていました。

夫婦共働きで次男もいたので、入院の付き添いなしだった事で負担は減りました。

もちろんずっと一緒に居たかったですが、入院期間の2週間ずっととなると難しくなることも多かったと思います。

午前中は仕事へ行き12時に早退し、午後は病院へ行っていました。

発熱時と入院期間を入れると3週間ほど会社を休んだり早退したりしていました。

理解のある会社で本当に助けれました。それでも上司からは少し傷つくことも言われました。

もちろん夫にも休んでもらい面会は交代で行っていました。

次男は保育園に預けていたので、19時に夫が迎えに行き、病院からは20時に帰宅していました。

精神状態もギリギリで、仕事中や病院からの帰り道で勝手に涙が出てきたりしていました。

仕事面では会社の同僚に支えられ、家では夫と協力しながら、なんとか2週間乗り越えました。

今思い出しても、入院期間は精神的にとてもつらかったです。

川崎病の治療費・入院費は?

治療費・入院費は子ども医療費で無料でした。

点数を見るととても高額でびっくりしました。

当時住んでいた地域では食事代もかかりませんでした。地域によっては食事代だけかかるなど多少負担するところもあるようです。

医療費の助成があって助かりました。

退院後の様子

退院後は血液を固めない薬を1ヶ月飲みました。

1ヶ月以内に歯医者へ行くときは、医師に服薬していることを言うように言われました。

すでに回復して5日ほど経っていたので退院した日もとても元気でした。

ただ体重は落ちて、ガリガリになっていました。体力も落ちていました。

長男は久々に外に出れてとても嬉しそうでした。

次男が保育園から帰ってくるのを隠れて待って、驚かそうと計画していました。

案の定、次男はびっくりしすぎて腰抜かしていました。

3歳と5歳、やることが可愛いですね。2週間ぶりの再会を果たしました。

体力が落ちていたので、次の日も会社を休み、ゆっくり遊びました。

保育園には週末もあったので退院して4日後に登園しました。

川崎病の後遺症の恐怖

この病気の一番こわい症状は、後遺症です。

治療が遅れると心臓に後遺症を残します。

発熱して10日以内に熱が下がらないと、後遺症が残る可能性も高くなると言います。

なので出来るだけ早く治療を開始して、熱を下げることが大事になります。

後遺症の発症に重症、軽症は関係がないようです。

退院は定期検診があります。

1ヶ月後、3ヶ月後、半年後、1年後、5年後と徐々に間隔をあけながら行います。

エコーで心臓をみたり、体力テストのようなことをしたりしています。

今のところ、異常は見られていません。

あとはただただ祈るのみです。

まとめ

我が家の場合、発熱から6日目に川崎病と診断され、9日目に熱が完全に下がりました。

川崎病は原因不明の病気なので、防ぎようがありません。何度も罹ってしまう方もいます。

この病気はまだわからないことが多く、成長していく上でどのようなことが起こるのかもわからないと言われました。このまま何もなく成長したとしても大人になってどんなリスクがあるのかも不明なんだそうです。

私は最初なにも知識がなく病名だけ告げられ、とても不安でした。

慌ててネットで調べたり、川崎病を持つ親の会で書籍を購入したりしました。

今はインターネットがあるので、不安なことやわからないとはすぐに検索ができます。

このような川崎病の体験談もいっぱい出てきます。

しかし、間違った情報や古い情報もたくさんあります。

わからないことは些細なことでも、すぐに医師に聞くようにしてください。

私はネットの情報だけで分かろうとし、医師になんでも聞くことが出来ませんでした。

自分で調べることも大事だけれど、体験談やサイトの内容と自分の息子の様子が違うとモヤモヤすることもありました。

一人一人違うように、症状も一人一人違います。

医療の現場に遠慮はダメだとよく聞きますよね。本当にその通りだと思います。

 

あれから4年経ちましたが、今は後遺症もなく毎日駆け回っています。

後遺症が残ると、運動も制限されてしまいます。

川崎病という病気が早く解明されることを祈っています。

 

最近出た川崎病に関する書籍です。

 

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