場面緘黙症の原因は親?遺伝?親子で乗り越える/息子の発達障害ブログ

子育て
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長男は場面緘黙(かんもく)症です。

自閉症スペクトラム症も併せて診断されました。私たち親が最初に気づいた息子の症状は場面緘黙症でした。

最近は場面緘黙症についてもテレビで特集されたりしています。しかし、まだまだ認知されていないように感じています。

緘黙児は話さないだけなので他人に迷惑をかけません。外でわがままも言わない良い子です。だから周りからも本人の苦しみを理解されないことが多いです。

親から見た場面緘黙児の苦しみと、家族の思うことについて書いています。

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場面緘黙症とは?

ある特定の場所や状況でだけ話せなくなる症状です。

家族の前や自宅では問題なく会話ができても、学校や幼稚園などに行くと話すことができなくなります。一言も話さない、もしくは聞かれたことだけ話すなどといった症状が出ます。

非常に人見知りで内気な子と言われます。

息子の場合、ずっと人見知りが激しい子でした。赤ちゃんの時から他人に抱かれることもとても嫌がり、ずっと泣いているような子でした。

脳機能、行動面や学習面でも問題はありません。

強い不安により思うように行動ができなくなったりする緘動(かんどう)という症状が出てくる場合もあります。

人見知り、恥ずかしがり屋との大きな違いは、症状がとても強く、1ヶ月以上特定の場所で声を出すことができない状況が続く点です。何ヶ月何年も続く場合があります。

▶︎症状によって5つのグループに分けられます。
①場面緘黙傾向
②純粋な場面緘黙
③ことばに苦手がある場面緘黙
④複合的場面緘黙(発達的問題や心理的問題の合併)
⑤遅発発症の場面緘黙(学校での孤立やいじめにより発症する場合が多い)
発症する原因についてはまだ不明ですが、発症要因としては「不安になりやすい気質」というベースがあります。そこに心理的、社会的、文化的要因が複合して影響しているのではないかと考えられています。

緘黙症の原因は?親のせいなの?遺伝なの?

息子の場合、発症要因の「不安になりやすい気質」は持っています。言葉を覚え始めた頃から「こわい」は口癖でした。しかし、はっきりとした原因は思い当たりません。

場面緘黙症が出てくるきっかけは、持って生まれた気質と環境だとも言います。

場面緘黙症自体は遺伝はしませんが、原因となる不安気質などは遺伝する可能性があります。

実際、息子の祖父(私たちにとっては親)は小学生の頃、話せなかったそうです。当時は理解もなくイジメにもあっていたそうです。息子の緘黙の症状を説明している時に初めて知りました。

ちなみにその父ですが、市役所に勤め現役時代は役職に就き、大勢の前でスピーチなどよくしていたそうです。いつ克服したのかは聞けませんでした。

夫も特定のことに不安が強い傾向にあります。なので気質は遺伝しているのだと思います。

息子の場合、2歳の時に次男出産で里帰り中に2ヶ月間だけ田舎の保育園に入ったことがきっかけな気もします。

知らない場所で方言もきつい言い方だったので、息子にとっては怖かったのかもしれません。

最後まで異常に行くのを嫌がり、あまり通えず慣れないまま退園しました。

幼稚園や小学校で起こる同調圧力が過度なストレスとなり引き金になる場合もあります。

しかし、もともと人見知りも激しく、不安も強く、言葉を覚えるのも遅かったので、転園は関係ないのかもしれません。

私たち親が何か原因となる言葉や態度をとっていたのかもしれません。

はっきりとしたきっかけは特定するのが難しいと思いますが、遺伝、環境、親や周囲の態度や言葉、これらのことが少しづつ影響し合い症状が出始めるのだと思います。

 

▷幼稚園や学校での先生たちの対応について書きました。

場面緘黙症の診断をもらうことが第一歩

2歳から3歳までは場面緘黙症など知る由もなく、話さない原因が分からず私たち親はとても悩んだ時期でした。

家では話せるのに、保育園に行くと途端に話さなくなる。

先生との意思疎通は首を縦に振るか横に振るか・・・。

『母親である私が甘やかしている?』『私が働いていることで寂しい思いをしている?』

このままではずっと話せなくて将来イジメにあってしまうのではないか・・。社会生活が送れないのではないか・・。そんな不安ばかりありました。

家では話すのに外で話すことの出来ない息子にイライラすることも多々ありました。

無理やり挨拶させようとしたり、「なんで話さないの?」としつこく聞いたり。

話さない理由がほしかった。私が甘やかしたなら改善するし、厳しくしたら良いのか?どうしたら話せるのか?ということばかり考えていました。

3歳児健診では発達相談もしました。「お母さんのせいではないからね」という言葉に涙が出てしまいました。

結局は何も解決はしていないのですが、初めて息子に対する悩みを人に話すことができてホッとした気持ちが強く、涙が出てしまいました。それほど自分でも気づかないうちに追い詰めていたのだと思います。

しかしホッとしたのも束の間で、息子が一番つらいはずなのに、親の私が息子の気持ちを理解出来ないことが苦しくなってきます。

 

ちょうどその頃、吃音が始まりました。

最初の一言目が出なくて話し始めるのに時間がかかります。その姿を見るとさらに苦しくなりました。

吃音は半年ぐらいして自然に治りました。

やはり何か原因があるのではないか・・

そして4歳になる頃にネットで調べて場面緘黙症ではないかと疑い始めます。

両親に「場面緘黙症を疑っているから病院で診てもらおうと思う」と相談すると、「診断名を付けてもらって何の意味があるのか」と病院行きを反対されました。

もちろん診断名を付けいないという選択肢もあると思います。

何のために診断名をつけるのか?
子供にレッテルを張るため?
診断名は必要なのか?

悩みましたが、私たちは息子の困っていることを理解し、少しでも不安を取り除いてあげたかったのです。

 

そして5歳の時にやっと市の療育センターへ行き相談しました。

そこで発達テストや面談などを行い、「場面緘黙症」と診断されました。

「やっぱり・・」という気持ちと、「やっと道が開けた」と言う明るい気持ちになりました。

本人と家族の苦しみ

息子の様子や直接聞いたり、感じ取れる嫌だと思っていることを書き出してみます。

私たち親の言われて嫌だったことも書いてみます。

ただしこれは我が家の場合です。症状はそれぞれ違うと思います。参考程度に読んでください。

息子が外で出来なかったこと

✔︎挨拶ができない

基本的には言えません。何度か促され、自分の中でタイミングが合えば言えることもあります。

✔︎貸してと言えないから忘れ物ができない

忘れ物をしないよう、前日から学校に持って行くもののチェックは良くしています。どうしても忘れてしまった場合はそのままにして先生や周りが気づいてくれるのを待っているようです。周りが気づくまでの間は、ずっと不安だと思います。保育園の頃、一度だけ水筒を忘れて先生にも言えず、先生も気づかず水分を取れなかった日がありました。

✔︎決して自分から話しかけない

いくら普通に話せる友達でも自分から話しかけに行くことはありません。いつも受け身でした。しかし小学2年生頃から、仲の良い子には話しかけられるようになりました。

✔︎トイレに行けない

保育園に通っているときは「トイレに行きたい」と言えないので、昼間のオムツがなかなか外れませんでした。

✔︎手をあげて発表が出来ない

先生たちに事前に話せないことを言っていたので、無理に発言するよう言われたことはないと思います。でも正解が分かっていて答えを言いたけど、手をあげて発言するのは嫌と言う葛藤はあったようです。

✔︎注目が集まる場所では思うように動けない

サッカーを習っていましたが、試合となると全く動けなくなりました。顔も体も緊張しているのが伝わりました。緊張すると手が服の首回りを触って、服を伸ばしたりしています。無意識にやっているようでした。決まった行動や言葉であれば大勢の前でも出来ますが、サッカーのような場面ごとに自分で考えて動くようなものは難しいです。

息子が外で出来たこと

✔︎注目が集まることはしない

人前で注目が集まるのが一番嫌なことなので、どうしても何かを言わなければならない場面では言葉を発することが出来ました。例えば卒園式で大勢の前で将来なりたい職業をいう場面では声は小さかったですが、言うことが出来ました。学校内でも順番に返事をして行く場面などは言っていました。

✔︎特定の友達を作ることが出来て、その友達とは普通に話すこともできる

兄弟と話すように話せる友達が常に一人か二人いました。波長が合うようで常に一緒にいました。この友達の存在はとても大きかったです。友達はグイグイと引っ張っていってくれる優しい性格の子が多かったです。自然と友達を作ることが出来ていました。

✔︎集団生活は嫌いではない

幼稚園や小学校という集団生活は嫌いではなく、むしろ好きなようです。話すことはできなくても、みんなの輪の中に入っていたい様子でした。話せなくても面白いことを言う子がいたら笑って喜んでいました。

✔︎コミュニケーションは首の動きで

基本的には聞かれたことには首を縦に振ったり、横に振ったりして意思疎通を行なっていました。悩んでいるときはニヤニヤしたりクネクネしたり。

✔︎自宅に人を招いた場合は比較的話すことが出来る

家に友達を招いたとき、いつもは受け身だけど、積極的に自分から話しかけていました。家だと安心するようです。

親の私たちが言われて嫌だったこと

✔︎人見知りが激しいね。内弁慶だね。

これは言われると自分を責められている気分になりましたね。3歳ぐらいになると「まだ人見知り治らないの?」なんて言われました。

✔︎甘やかしすぎなんじゃない?

話させないことを、甘やかしていると見る人もいました。しっかり教育すれば話すはず、家で話せて外で話さないなんて甘えてるだけでしょ?と遠回しに言われたこともありました。人前では自分の意見も言えないため、友達から「〇〇くん、何して遊ぶ?」と聞かれ、親である私が「鬼ごっこ?ボール遊び?・・・」と息子がうなずくまで永遠と息子に質問をしている姿は異様だったのかもしれません。

✔︎挨拶しないとダメよ。

こんなことは他人からはあまり言われませんでしたが、親戚や両親は言っていました。私たちも緘黙症を知らない内は、挨拶の大切さを何度も何度も教えて、自分たちも必要以上に実践して手本を見せていました。言うように促しても頑なに言わないのでイライラもしていました。緘黙症を疑い始めてからは強制することはやめました。

✔︎物静かでとっても良い子ですね。

褒めてくれているのは理解しています。しかし、「物静かなのは外で話せないからなんですよ。家では活発に走り回るし、おしゃべりも止まらないし、泣いたり怒ったりするんですよ。」と心の中では思っていました。先生たちを困らせることがないので、個人面談では先生の印象に残っていない感じもしました。

症状を和らげるために親ができること

小学校に上がり、私たちに自分の気持ちを少しだけ言うことが増えました。

外で話せないことをどう思っているか聞くと「話したい」と言いました。

話したいけど話せないんだと改めて知りました。

基本的には真面目で困らせることのない良い子なので、先生から注意をされることもありません。

なので親が積極的に先生や周囲に緘黙症の症状を伝えて、協力を得ることが大事だと思っています。

息子の友達の親にも会えば出来るだけ早い段階で症状を伝えています。

長男は小学校に上がり、2年間通級指導教室に通い始めました。通級指導教室の先生から担任の先生へ詳しい対処方法を伝達してもらい、症状は改善してきています。この連携はとても影響が大きかったと思います。

3年生になった今では、忘れ物をしたら「忘れました」と先生に言えています。授業参観では前に出て発表もできるようになりました。

本やネットなどの情報を印刷して先生に渡して理解をしてもらうのも良いと思います。

不安が強い子は人一倍、自分に自信がないのだと療育センターの先生に言われました。

今の時点で失敗の経験は必要がない、小さなことでも良いので成功体験を積み重ねることが大切だと言われました。

私たちは失敗から学ぶこともあると思っていたので、息子に無理にさせることも多かったと思います。しかし、その話を聞いてからは失敗しそうなことは無理にさせないようにしました。

私たち親ができることは、しっかりと子供の様子を見ながら成功体験を積み上げる環境を作り、見守っていくことだと思っています。

息子も少しづつ改善しているように思いますが、また何かのきっかけで振り出しに戻ることもあるかもしれません。

話したいけど話せない、仲良くなりたいけどなれない、困ってるけど言えない・・

少しでも子供の緊張や生きづらさが減るよう私たち親も息子と一緒に努力したいと思います。

 

▶︎長男の通級の体験についてはこちらに書きました。

 

 

 

 

 

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